【日光・関係人口特集】宇都宮と日光を行き来する――定住しなくても、地域の当事者になれる理由【鷲頭 勇弥(株式会社晃作屋 代表)】

日光が気になる。
一度行ってみたい。
あるいは、これまでに何度か訪れたことがある。
その一方で、
「移住するか」と問われると、少し構えてしまう――
そのような感覚を持つ方も少なくないのではないでしょうか。
本記事では、そうした方にこそ知っていただきたい、
移住に限らない地域との関わり方をご紹介します。
今回お話を伺ったのは、株式会社晃作屋代表の鷲頭 勇弥(わしず ゆうや)さんです。
鷲頭さんは、日光市今市で生まれ育ち、現在は宇都宮市に居住しています。
宇都宮から日光までは車で1時間弱。
その距離を日常的に行き来しながら、日光の観光エリアの中心で飲食店(日光ぐるめ勇庵)を営んでいます。

移住でも、単なる観光でもない。
鷲頭さんが実践しているのは、「通い続ける関係人口」としての日光との関係です。
そこには、これからの日光、そして多くの地域にとって重要なヒントが含まれているかもしれません。
生まれ育ったまちを、いったん離れたからこそ見えたこと
鷲頭さんが最初に日光の外へ出たのは、進学がきっかけでした。
高校では建築を学び、大学では経済を専攻。
まちをつくる視点と、経済を循環させる視点の両面から、地域を捉える時間を重ねてきました。
大学2年生のとき、大きな転機となったのが、奥日光産のいちごとの出会いでした。
希少性の高さや味の良さに対して、十分に知られていない現状に課題を感じ、
「これは、もっと多くの人に届くべきものではないか」と考えるようになります。
そこで、自らキッチンカーを立ち上げ、いちごを使ったスイーツの販売を開始しました。
日光市内のイベントや道の駅、観光施設に出店し、実際に現場に立ちながら、観光客の声に耳を傾けていきました。
「日光は好きだが、どこで何を食べたらよいかわからない」
そうした声を何度も耳にしたといいます。
日光には確かな食文化や優れた食材があります。
しかし、それらが「旅の途中で気軽に手に取れる形」になっていない。
この小さな違和感が、後の「日光ぐるめ勇庵」開業へとつながっていきました。

一度は就職し、再び日光で挑戦する
大学卒業後、鷲頭さんは日光市内の新規開業ホテルに就職します。
観光の現場を内側から経験し、滞在体験や動線設計、満足度向上といった視点を学びました。
その中で、次第に一つの問いが大きくなっていきます。
「日光の魅力は、宿泊しなければ伝わらないのだろうか」
「もっと気軽で、日常に近い入口があってもよいのではないか」
退職を決意し、その約1か月後。
2020年、コロナ禍の最中に食べ歩きグルメのお店「日光ぐるめ勇庵」を開業しました。
結果として、テイクアウト需要と食べ歩きという業態は、当時の社会状況と合致しました。
しかし、その背景には、これまで積み重ねてきた現場経験と、日光への問題意識がありました。

食べ歩きという、まちとの距離を縮める手段
勇庵で提供しているメニューは、いずれも「ひとくち」から楽しめるものです。
- 湯波たまごやき
- 湯波コロッケ
- 湯波カレーパン
「説明がなくても美味しい」
「歩きながらでも食べられる」
「思わず写真を撮りたくなる」
こうした点を意識した商品設計には、明確な意図があります。
観光地のグルメは、特別感がある一方で、選ぶ際に構えてしまうことも少なくありません。
勇庵では、そうした心理的なハードルを下げ、無意識に選ばれる存在を目指しています。
食べることは、地域と関わる上で最も身近な行為です。
勇庵は、日光との最初の接点としての役割を果たしています。

宇都宮に住みながら、日光で働くという選択
日光出身で、店舗も日光にある鷲頭さん。けれど今の拠点は宇都宮です。
その理由は、暮らしを“便利”にするためだけではありません。
まず、朝夕の日光⇆宇都宮の自動車通勤は、想像以上にスムーズ。大きな渋滞が少なく、移動のストレスを感じにくい。日光で働くことを続けながら、宇都宮で暮らすことが現実的な選択肢として成立しています。
さらに、宇都宮にいることで得られる利便性も大きいと言います。公共交通の本数や都心へのアクセスの良さが、出張や旅行のハードルを下げ、以前より移動が増えた。打ち合わせの宇都宮開催にも柔軟に対応でき、仕事の選択肢やスピード感も保ちやすくなりました。
そして何より、行き来する生活が、日光の価値をもう一度くっきりと見せてくれた。
四季の景色の変化、自然の美しさ。祭りやイベントが持つ熱量と、地域の人たちが交わる場としての大切さ。日光の伝統文化は「守るもの」であると同時に、関わる一人ひとりに役割を与え、季節の変化を身体で受け取る装置でもある——そんな実感が深まったと言います。
鷲頭さんは、日光の良さだけでなく、課題や“閉じやすさ”も含めて、両方を客観的に見続けたいと考えています。宇都宮での生活は、都市のスピード感、消費者の感覚、同世代の価値観に触れ続けるための重要なポジションでもある。
宇都宮と日光を往復する日々のなかで、視点が固定されない。
この距離感こそが、「関係人口型の経営」を理想論ではなく、実装として支えているのです。
定住しなくても、地域の担い手になれる
「地域に貢献するためには移住が必要である」
そうした考え方は、必ずしも現在の社会状況に合致しているとは限りません。
鷲頭さんは、定住に限らない関わり方を実践しています。
- 経営者として、日光の中心部で事業を展開
- 地域イベントや若手事業者との協働
- スポーツ推進委員として、世代を超えた交流
- スマートワークライフ#Nikko など地元コミュニティへの参加
住民票の所在地よりも、どれだけ継続的に地域と関係を築いているか。
その点に、地域との関わり方の重心が移りつつあります。

「通いながら働く」という新しい選択肢
2025年には、2号店「勇庵ぷらす」をオープン。事業を拡大しながら、飲食業の働き方そのものを見直す取り組みも始まっています。
- 週1〜2日から勤務可能
- 副業・兼業を前提とした働き方
- メニュー開発や運営への参画
これらは単なる雇用条件の話ではありません。
若者が日光を「再び選び直す」ことができる環境づくりを目指しています。
定住しなくても、フルタイムでなくても、地域と関わることは可能です。
その選択肢があるだけで、地域との距離は大きく変わります。

日光は、もっと「途中参加」できるまちであってよい
日光は、世界遺産と豊かな自然を有する特別な地域です。
同時に、日常の暮らしが営まれている一つのまちでもあります。
完成された観光地である必要はありません。
余白があるからこそ、外から来る人が関わる余地が生まれます。
通うこと。
手伝うこと。
働くこと。
食べること。
そして、何度も戻ってくること。
その積み重ねが、「ただいま」と言える人を少しずつ増やしていきます。
まずは、ひとくちから
もし今、日光に少しでも関心を持っているのであれば、
まずは訪れ、食べてみてください。
宇都宮からでも、東京からでも構いません。
必要なのは、ほんの少しの好奇心だけです。
その一歩が、日光との新しい関係を静かに動かし始めるかもしれません。




